「名探偵プリキュア」からの「かのサンド」
2026年03月15日22時50分
日曜日の午前中(出かけた時はその夜に)私は「名探偵プリキュア」をみて、少し時間をおいて「かのサンド」を妻と見ます。その時間がとても人生の中でもとても有意義で幸せな時間になっていることに最近気がつきました。
「かのサンド」はただゆるく狩野英孝さんと、サンドウィッチマンのお二人がロケをするという(失礼ですが)刺激のないものです。「名探偵プリキュア」も女児向けアニメなので同様と言えるかもしれません。ただこのTVを見るという習慣が私の人生をとても豊かなものにしてくれている感覚があるのです。
私は結婚する前は週末は何かをやらなければならないと考えてしまう傾向にありました。
休日とは本来何もしないで休んでも良い日のはずなのですが、お出かけをせずに家でずっと動画をみて過ごしてなんか嫌な気分になってしまったり(本来は何の問題もないはずです)、本業のプログラミングにつながるような勉強や開発をしないといけない....という焦燥感に追われていて、本来好きなプログラミングや趣味のアウトドア・ドライブもうっすらと義務感見たいなものが生じてしまっているような感覚すらありました。
この何でもない「何かを共有するという自分の中での達成感」は、「何もしていないという焦燥感」を吹っ切ってくれるものだったようです。
不思議ですが以前よりもプログラミングにかけられる時間は当然ですが1人暮らしの時から2人で過ごす時間や家事などをこなす分減っています。しかし実質取り組んでいる時間は結婚以前よりも増え、内容も充実しているように思えます。
私はどうやら「誰かとの時間を過ごすことで心の空白を埋め、その余力で自分のことに没頭できる人間」だったようです。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスも、人との関係がない幸福は成立しないと考えていたようです。彼はそれを「エウダイモニア」という概念で説明しています。現代心理学においても、アランは『幸福論』の中で人の幸福は旅行や成功などの瞬間的なもののみでもたらされるのではなく、散歩・食事などの日常の生活習慣が肝であるということを述べているようです。
私にとっての「名探偵プリキュア」や「かのサンド」はそんな習慣の1つなのかもしれません。
なのでおそらくこれらの番組が終わる時(プリキュアは来年に確実に終わります)、私はおそらく涙するんだろうなと思います。そして同時にこの幸福感は別の形で続くのだろうなとも思うのです。
なにが言いたいのかというとつまるところ、結婚はいいぞという話かもしれません。